雪山遭難とPDCA:「Whyから始めよう」を考える
ここまで雪山で遭難した軍隊が間違った地図をもとに無事下山できたという事例について、PDCAと絡めてお話してきました(第1回、第2回、第3回)。今回はTEDで有名なSimon Sinekさんの「How great leaders inspire action」(Whyから始めよう)との関連性を考察したいと思います。
TED人気トーク「Whyから始めよう」
Simon Sinekさんの「Whyから始めよう」は、2009年に公開されて以来、5600万回以上の再生回数を誇る、TED屈指の人気動画です。
他のトークとは異なり、模造紙とペンというローテクのプレゼンテーションですが、話のうまさ、事例の面白さ、ストーリー展開の巧みさから、プレゼンテーションの見本のような動画です。
この中でSinekさんは、リーダーが組織や人々を動かすのは、「Why」(なぜそうするのか)が人々の心を打った時であるということを主張します。「What」(何をしようとするのか)ではないというのです。
こんなに素晴らしい製品を作った → だからこんなことができますよ
ではなくて、
私はこんな世界を実現したい → だからこんな製品を作るんだ
の順番でないと、人々は動かないということを言っています。
Sinekさんは3つの事例を紹介します。
一つ目は、スティーブジョブズのAppleと、Tivoという会社です。
AppleとTivoの違い
SinekさんはAppleは一見、ただのコンピュータ会社だと言います。使える技術も人材も代理店も、他の企業とそんなに変わらない。でもなぜAppleだけがイノベーティブであり続けられるのか、それはAppleが製品を売っているのではなくて、Appleが実現したい世界に皆が共感するからであると説明します。この世界観を共有していることを示すために、人々は新製品の発売日にApple store前に列を作るのだと。
一方、Tivoはテクノロジーの進歩によってこんなにすごいことができるようになったよということを示すのみで、Tivoが実現したい世界観が示されていなかった、そのために人々の支持を得ることができなかったというのです。

ライト兄弟
2つ目の事例は、飛行機の実現を競ったグループの比較です。
1つ目のグループはサミュエル ピエールポント ラングレー氏。お金持ちの目立ちたがり屋というのでしょうか。一番になりたいという動機で飛行機の開発に取り組んだとされています。お金にも、人材にも、時流にも乗っており、飛行機の開発に必要なすべてのものを持っていたとされています。
もう1つのグループはライト兄弟。家業の自転車屋さんで稼いだ資金で飛行機に取り組みました。チームメンバーには大学卒業者はいなかったと。しかし飛行機を作って世界を変えるという気持ちがチーム内に浸透し、チームメンバーが血と汗と涙の努力で開発に取り組んだと。
結果は、ご存じのようにライト兄弟が初のフライトに成功します。ラングレー氏はライト兄弟の成功のニュースを聞いた日に、開発を止めてしまったそうです。本当は、ライト兄弟の飛行機をもっと改良することもできたはずなのに。
ライト兄弟とラングレー氏のWhyは次のように説明されています。

これを見ると、Whyがあるだけではだめだということですね。心の底から信じるWhy、仲間の共感を得られるWhy。そういうものが必要だということです。
キング牧師
3つ目の事例としては、キング牧師が挙げられています。ご存じのように公民権運動の指導者で、1963年8月28日にワシントンのリンカーン記念館での「I have a dream」の演説が感動的です。
Sinekさん、キング牧師がなぜインターネットもSNSもない時代に、20万人もの人々をリンカーン広場に集めることができたのかを語ります。キング牧師と同じくらい演説のうまい人はいた、キング牧師のアイデアが傑出していたわけではない、キング牧師だけが差別に苦しんでいたわけでもない。ではなぜ?
キング牧師は「こういうことをしよう(What)」を説くのではなく、「自分の信じること(why)」を語った。そしてそのWhyを我が事として受け止めた人々が、口伝でそれを広め、組織を作り20万人が集まったのだと。
集まった人たちは、キング牧師のために集まったわけではない、自らが信じる物事のために集まったのだと。8時間バスに揺られて、白人も黒人も。

雪山遭難との類似点
さて、このSinekさんのWhy-How-Whatのゴールデンサークル、雪山遭難で考察した、目的-目標-実行計画に似ている点を感じました。

なぜそれをやるのか(Why、目的)が最初に来て、それをどのような方針でやっていくのか(How、目標)がやってきて、最後に何をやるのか(What、行動指針)が来なければならない、ということです。この順番が違っていたり、3者の間に一貫性がなかったりすると、大きな物事は達成できないという考え方です。
Sinekさんのプレゼンは、もう一つ重要なことを示しています。それは3つがあればよいというものではなく、3つに整合性があればよいというものでもないということです。重要なのは、Whyが人々の心に響くかどうかということです。飛行機開発に失敗したラングレー氏はWhy-How-Whatを持っていました。しかしそれは利己的なものであり、人々を心の底から動かすものではなかったということですね。
Why-How-What、もしくは目的-目標-行動指針を持つことは、成功への必要条件ではあるが、Why/目的が人々の心に響くものであることが十分条件だということができると思います。
Sinekさんは、プレゼンテーションを以下のような言葉で締めくくります。
リーダーと導く人は違います。リーダーというのは、権威や権力の座にある人です。でも導く人というのは皆を動かすのです。個人であれ組織であれ我々が導く人に従うのはそうしなければならないからではなく、そうしたいからです。導く人に従うのは、彼らのためではなく、自分自身のためです。そして「なぜ」から始める人が、周りの人を動かし、さらに周りを動かす人を見いだせる力を持つのです。
https://www.ted.com/talks/simon_sinek_how_great_leaders_inspire_action/transcript#t-138680