雪山遭難:神戸大学 三品教授の戦略についての理論

神戸大学大学院経営学研究科教授の三品和広先生は、企業の経営戦略についての著書をいくつも書かれています。また新聞等でも非常に歯切れのよい論調で、日本企業の経営について提言をなされています。今回は、三品先生の理論を私なりにまとめ、雪山遭難事例で導き出してきた、目的-目標-行動指針のフレームワークとの関連で考察したいと思います。

三品先生

三品先生には、勤務している企業の研修で直接ご指導いただいたことがあります。研修生を一見挑発しているかにも思えるような戦闘的なスタイルで講義を始められ、なんと厳しい先生だと思ったものでした。しかし回が進むにつれ、教育に対する思いが強く、非常に情の厚い先生だということに気づきました。

三品先生はたくさんの著書を書かれています。日本企業に関する膨大なデータベースを作成され、1960年代からの超長期の視点で日本企業の売上高営業利益率が一貫して下がっていることを示され、日本企業の戦略が機能していない=戦略不全状態にあることを喝破された「戦略不全の論理、優良企業の経営者にスポットを当てた「経営は十年にして成らず」、そして優良事業や市場シェアについて膨大なケースをまとめられた「経営戦略の実践」など、必読本が多いのですが、今回は先生の考えを分かりやすくまとめられた「経営戦略を問いなおす」を取り上げたいと思います。

経営戦略を問いなおす

この本は、企業の経営者もしくは経営者を目指す若い企業人を対象として書かれています。日本企業が戦略不全状態にあることを、全体を俯瞰するデータからの解析と、同じ事業領域にある企業の比較から示し、次に三品先生の考える戦略についての説明があります。三品先生は戦略を、立地、構え、均衡という観点から整理されています。

立地というのは、「どこにお店を出すのか」から発想された言葉です。小売店の場合だと昔は人通りの多い商店街にお店を出さなければ話にならなかったと。それがやがて大きな駐車場を備えた郊外店舗やショッピングセンターにとってかわられ、商店街はシャッター通りに変わってしまっている。またそれがネットショッピングに押されている。いくら良い商品を作っていても、従業員教育が行き届いていても、「どこに店を出すのか」でその店の商売が決まってしまうということです。

そこから派生して、立地は、「誰に何を売るのか」と定義されています。例えば日本では自動車企業と医薬品企業はそれぞれ利益額と率が高い。すなわち自動車や医薬品を売るという立地は肥沃な豊かな立地と言える。また同じ電機・精密機器という立地の中でも、企業向けに産業機器を売る企業の利益率が9.73%に対して、自動車メーカー向けに部品を売る企業の利益率は3.83%と、約2.5倍の差が付いています。一見同じような業界に見えても「誰に何を売るか」によって、ずいぶん利益率に差が出てくるのです。

構えも、小売店を発想のもととして作られた言葉です。店の大きさは?、平屋にするか、二階建てにするか?、倉庫や作業スペースは?、商品の搬入経路は?などの、お店の基本設計です。

企業においては、構はタテ、ヨコ、奥行きの話であるとされています。タテは垂直統合(川上、川下)をどの程度行うか、ヨコは事業地域をどこまで広げるか(国内、海外)、奥行きは多角化をどこまで行うかという話です。

均衡は、立地、構えを整えて事業を行う際に、ボトルネックを作らないということです。自社の立地、構えを実現するうえで何がボトルネックになるかをあらかじめ考察しておいて、そこに重点的な投資を行うことが必要になります。

この本の後半では、立地、構え、均衡が重要であるが、それは5年に一回策定される中期経営計画で決められるものではない。日々飛んでくるボールをどのように打ち返すかという経営者の決断の積み重ねとして決まってくるものである。したがって、日本企業の戦略不全を治療するには優れた経営者を作ることが必要である、といったことが論じられます。

雪山遭難に寄せて考察する

この三品先生の戦略論は私にとって非常に納得性の高いものです。しかし三品先生の理論の他にも、例えば以前紹介した「良い戦略・悪い戦略」のように自分にとってなるほどと思える本がいくつかあります。これらの本を別々に理解して、それぞれを機能させようとするのは、私の頭には手に負えない作業となってしまいます。そして次第に読んだ内容を忘れてしまって、結局どの本の内容も役立てることができないということが起こります。

そうならないようにするためには、気に入ったいくつかの理論を統合して、それぞれの理論の位置関係を明確にしたうえで、整理して頭に定着させることが必要と思います。そのためのフレームワークが私にとっての、雪山遭難とPDCAなのです。

何もかも雪山遭難に絡めて、手前味噌ではないか、ちょっと強引ではないかと思われるかもしれませんが、あくまで私個人にとってそれが覚えやすいからという風にご理解ください。

雪山遭難では、雪山で遭難した集団が地図を参考に下山する場合に、どのように行動するかということから、物事を達成するために重要なことを考察してきました。

基本はPDCAです。計画を作って(Plan)、それに沿って実行してみて(Do)、想定通りにいっているかどうかを確認してみて(Check)、おかしなところを修正する(Action)、ということです。

更に、Planの段階では、まず我々はどうなりたいのかを定め(目的)、次に具体的にいつまでにどういう状態に持っていくのかを定め(目標)、具体的にどのように行動するのかを決める(行動指針)が必要と考察しています。

このフレームワークと、三品先生の戦略理論はどのような関係にあるでしょうか。

「目的」を定める際には手前勝手は許されません。「誰」の「どのような役に立つ」のか、すなわち「立地」を考え抜く必要があります。これに失敗するとあらかじめ不毛であることが決定づけられている場所で、目的を達成しようとあがくことになりかねません。

「目標」は目的を達成するために、ありたい姿を定量的・時限的に定義することと言えると思います。ここにも「立地」の考え方が含まれるとともに、「構え」の考え方が入ってきます。「今日中に全員で下山する」という目標を立てるときには、部隊の人数や構成(=構えに相当する)などが無意識に織り込まれていると思います。

「行動指針」には構えが明示的に示されると思います。また、当然ボトルネックを作らないために「律速工程は何か」「制限因子は何か」を考えることになりますので、「均衡」が含まれます。

上記のように考えると、目的-目標-行動指針を決めるうえで考慮しなくてはならないこととして、立地-構え-均衡があるのではないかと思います。目的-目標-行動指針があることが必要条件で、立地-構え-均衡が織り込まれていることが十分条件というような。図にすると次のようになります。

必要条件と十分条件

目的-目標-行動指針があることは必要条件であり、それらを以て素晴らしい組織になっていくあるいは競争に勝っていくには十分条件があるという考え方はとても大切だと思います。

三品先生の、立地-構え-均衡が考え抜かれて織り込まれていることが十分条件であることは上記のとおりです。

また「Whyから始めよう」で考察したように、「目的」は人々の心に届くものであり、仲間が自分事として本気で取り組むことができるものであることも十分条件になります。 この十分条件をいかに戦略に織り込んでいくか、この点が組織の成功を決めると言えそうです。