無茶と無理

中学生のころだったか、高校生のころだったか、読んだ「軽井沢シンドローム」という漫画に、「無茶は客観、無理は主観」という言葉がありました。ずいぶん昔のことなのに、印象に残っています。

自分が突拍子もないことを考えているなと思うときには、無茶なのかな、無理なのかなと考えることがあります。無茶は傍から見ると「えーっ」ということでも自分には勝算があるということ、無理はどうやってもできないということですね。

同様に同僚の提案とか、自分が上司になってからの部下への指示についても、無茶なのか、無理なのか、を気にかけるようにしています。

自分の中でこれに似た言葉として、「必死と決死」があります。今だとどうでしょうか、一生懸命になるという文脈では必死のほうがよく使われるようなイメージです。でも軍隊で必死の作戦というと、実行すると必ず死ぬ作戦という意味になります。特攻隊がその典型です。決死のほうは「死ぬつもりでやれ」ということなので、こちらの方が現在人を鼓舞するときに使う言葉に近いような印象を受けます。

上司として、部下に「必死」の行動は絶対にさせてはいけないなと常に思います。